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スマホが欲しくてたまらない、ある女生徒の話
最近、『下剋上受験』というドラマをみたが、僕は第一話をみたときに『たぶん落ちるんだろうなこの子は』とすぐに決めつけた。
だって、1年や2年だけ猛勉強したくらいで、超難関の入試を突破できるのであれば、それは超難関校とはいえないだろう。
何より、そういう超難関校を目指す子供たちは幼いころから血反吐を吐くほど勉強してきたのだ。
その努力の密度と時間は、たった1,2年でひっくり返されるものではないし、それがひっくり返るって内容のドラマだとしたら、受験を甘くみて、近道を探す人が増えてしまう。
ドラマの結末はネタバレになるから言わない方がいいのだろうけれど、僕が感動するには十分なものだった。
さて、話はタイトルに戻る。
僕がこのゼミを立ち上げる以前に担当していた、ある女生徒の話。
その生徒は出会った当時、中学2年生だった。
彼女はどうしてもスマホが欲しくて、お母さんとこんな約束をした。
『テストで450/500点を取ったらスマホを買って!』
そのときの彼女の点数はたしか、380/500くらいだった。
『いやあ、いきなり450ってのはきついな。日ごろから半端無い努力をしているやつだけが取れる点数だよそれは。目指すのはいいが、並大抵のことではないぞ』
僕はそんな風に真顔で茶化した記憶がある。
けれど彼女は諦めることなく努力をし続け、一年近くが過ぎたある日、とうとう450点を取るにいたる。
「まじか!? まじで450取ったのか!? やったなあ。ついにスマホゲットってわけだ!」
驚きを隠す風でもなく目をむく僕。
その点数の裏に隠された努力を思い、鳥肌を立てていたのを覚えている。
けれど彼女は少し難しい顔をしたあとで、こう言った。
「いえ、スマホはいりません」
へ? と口を開けている僕に彼女は続ける。
「スマホを持ってしまったらこの点数はすぐに下がっちゃいます。だから少なくとも受験が終わるまでは要りません」
それを聞いて、僕の鳥肌は全身に及ぶ。
彼女は県内で最難関の高校を受験することを決めており、それに向けて今は集中したいとのこと。
これこそは「成長」であり、正しい「プライド」の在り方だと、ひどく感動したものだった。
努力に裏付けされた誇りほど輝かしいものはないと、僕はこのときに生徒から教わった。
その後、彼女は高めの倍率をものともせず、見事に受験に合格した。
ドラマで登場したような超難関校という話でなければ、2年でひっくり返ることは多分にありうる。
ただ、ひっくり返そうっていう気概のある子が少ないのが現状だけれど。
さて、今スマホに夢中で努力を忘れてしまっている子供たちよ。
格好の良い生き方をしたくないかい。
君たちの評価をひっくり返せるのはいつも君たち自身だけだ。
二者面談
段塚ゼミでは現在中学生を対象とした2者面談中。
とりあえず3年生の面談が終了。
生徒のそれぞれが目標を決め、達成できなかったときのペナルティも決めた。
ある者はゲームをやめる約束をし、またある者は平日も塾で自習をすることを約束した。
面談をすると、その後しばらくはそれぞれが頑張り始める。
だが一方で、間もなくにだらけ始めてしまうのを僕は知っている。
9割の生徒がそうさ。
というより、それが子供ってもんだ。大人でもそうかも?
僕は教育者じゃあないけれど、教育理念のようなものが一つだけある。
それは、「生徒を信じないこと」だ。
子供の多くは物事の善悪の区別がついていない、という話をよく聞く。
けれどそれは違う。
子供たちはとっくにやって良いことと悪いことの区別がついている。
ただ、悪いことをしても責任を取らなくてもよい立場に慣れてしまっているため、悪いと分かっていても我慢できず、どうせ大事にはならないだろうという軽い気持ちでとんでもない悪戯をしてしまう。
そして万が一、自分の過失が原因で責任を取らなければならない状況に追い込まれると、逃れたい一心で誰かのせいにしたり、嘘をつくことが多い。
だから僕は子供を、生徒を信じない。
というより、生徒を信じて任せるっていうのは、責任放棄と同じだと考えている。
ちゃんと家で勉強しているか、学校の宿題を残さず提出しているかと、口やかましくチェックするし、していないようだったら塾での自習を強制する。
ただ、嘘をついたり、誰かのせいにする君たちを軽蔑してるわけじゃあないぜ。
さっきも言ったけれど、それが普通の子供だって思ってる。
だからこそ僕は、いや、大人たちは簡単に子供を信じたりしない。
君たちのことを大切に思う人ほど君たちを心配し、疑い、気に病むもんだ。
ただ、うちのゼミではちゃんと責任を取ってもらう。
悪いことをすればめっちゃ怒られるし、帰らされることもある。
それは塾の中の出来事であっても、塾の外で起こったことであってもだ。
最悪、退塾もある。
なぜなら、僕は君たちを「子供」としてではなく「個人」として扱いたいからだ。
そうすることが成長につながると信じている。
子供だから仕方がない、などとは考えない。
一方で、うちの生徒には大人びている子が結構多い。
礼儀正しく、自分に厳しく、他人の悪口を言わない子。
叱られてもふてくされることなく、挽回しようと奮起する子。
大人でも真似できないような努力をし、意欲をもって学業に励んでいる子。
いつも言われた以上のことを頑張ってくる子。
自分の痛みよりも他人の痛みの心配をする子。
本当に、どうしたらこんな素晴らしい人格・能力を持った子供が育つのかと、親御さんにお尋ねしたいものだ……。
塾ってなんだろね
いやはや、春期講習お疲れ様~。
いやほんと疲れたぁ。
塾講師ってのは春・夏・冬の講習がほんとーにしんどいのだよ。
授業が一日中ぎっちぎちに詰め込まれてて、その合間を縫っての雑務。
当然ミスも起こるし、頭の中が覚えておかなきゃいけないことでいっぱいいっぱいのプチ混乱。
でもがんばったぜー!
生徒たちも部活・宿題・習い事・塾と、忙しい中がんばった。えらいぞ。
講習時期は新しい生徒が集まる時期だし、塾業界にとっては書き入れ時ってやつなんです。
※書き入れ時・・・帳面に利益を書き込むことが増える時期。儲けの多い時期。
(と、一応生徒向けに補足説明)
特に入会に一番つながりやすいのが春。
だからどこの塾も生徒集めに必死。
中には講習費無料!なんて塾も結構あるねぇ。
うちは春に定員に達することが多いため、夏・冬はチラシを打たないっす。
本当はチラシやパンフレットをまめに作ったほうがいいのだろうけど、そういう類の工夫に執着すると、雑務が増えて肝心の生徒管理がおろそかになるからね。
ところで、最近、このブログを読んで入会を決めたという方がいらっしゃった。
やっぱり、内情や塾長の考えが見て取れる方が安心感あるんだろうなあ。
だって、塾業界ってなんだかいかがわしいもの。
少なくとも僕はそう思う。
物を売る仕事ではなく、完全なるサービス業。
その点では美容師業界と似ているけれど、あちらは髪の長さが変わったり、髪の色が変わったりすることが約束されている。
けれど、塾では成績が上がることが約束されていない。
僕だって約束はしない。
全ては本人の努力次第だと思ってる。
だとしたら努力するための場と環境を与えるのが仕事、かな。
という点では、ジム経営に似ているのかも。
でもそれも違うと、僕は思う。
努力するための環境を与え、『努力するように叱咤激励する』までがセットで、まっとうな塾と言えるのだと思う。
それがないのであれば、塾はたちまちに何のサービス業か分からなくなる。
成績を上げるのが目的だがそれよりも大事なのは、成績を上げるための努力を惜しまない人間を育てること。
それが塾の仕事だと最近悟ったのよ。
とはいえ、僕は教育者じゃないし、教育者であってはいけないと思ってるけれどね。
塾講師はあくまで、サービス業者だと思うし、そうあるべきだ。
僕は生徒たちにとってあくまで他人であるべきだ。
近所のおっさんであるべきだ。
でなきゃ生徒に甘えが生じるし、僕も厳しくできなくなる。
僕が生徒と友達になれるのは、生徒たちが合格して旅立った後であるべきだ。
段塚ゼミって安いの?
先日、新中3の生徒とこんな会話をした。
生徒:「段塚ゼミに来る人って、安いから来てるのかな? 評判が良いから来てるのかな?」
おいら:「ん、どっちもじゃない?」
大見得切ってこんなことを言ってしまったあとで、評判はある程度の自信があれど、料金は本当に安いのか気になって調べてみた小心者がここにいます。
結論から言えば、段塚ゼミは安い、で間違いはなさそうだ。
といっても、塾というやつは1コマの時間が違ったり、授業数や科目数が違ったりで、ホームページを見比べても安いのかどうかが分かりにくい。
僕がみてもすごくわかりにくかった(笑)
ので、1分いくらという計算にしてみると、こんな感じだった。
例)中学生の一斉授業の分単価。
市内の大手進学塾数社 18円~21円
段塚ゼミ 14.3円
と、うちは一般的な進学塾の4分の3程度の授業料だった。
さらに、定期テスト対策勉強会(6時間)を含めれば、14円を切るだろう。
さて、なぜそんなに安いのかというお話。
一つは「消費税」がかからないから。(※2026年現在では消費税がかかります。)
消費税は一年の売り上げが1000万円を超える店舗についてのみ徴収義務が発生するわけで、段塚ゼミは恥ずかしながらそれに該当しません。
もし、8%の値上げをしたとしてもまだまだ格安ですが。
2つめの理由は「個人塾」だから。
ここを立ち上げる時、「うちは個人塾だし、大手さんとおんなじ料金はもらえないな」という考えから、今の格安料金を設定した。
でも今思うと、僕が雇われていたときよりも、今の僕の方が確かな指導ができている。
良いと思う教材を自由に与えられるし、雑務の量が減ったから質問対応も沢山できる。
必要だと思えばいくらでも補習授業を組める(特に中3生の受験が迫った時)。
実際、ゼミ生の伸びには目を見張るものがある。
ううむ、料金設定失敗したかな?なんて少し感じてはいるけれど、今の料金を変えるつもりはない。(※2026年現在は1割程度値上げしています)
正直、僕の昨年度の年収は同世代のサラリーマンの平均年収より下だ。(※2026年現在は平均年収こえました!喜)
でも、ご飯を食べるのに困らなかっただけでも、本当にありがたい一年だった。
それで充分だ。
僕は趣味でやってるようなものだからね。
なんていうと、「趣味だと!? 熱心に指導してくれるんじゃないのか!」なんてお叱りも受けそうだ。
でも趣味です。
ただし、僕の趣味は「成績の上がった生徒や、合格した生徒が飛び上がって喜ぶのを見ること」なんだから、そりゃあ熱が入りますぜ。
とはいえ、学習塾が安いかどうかなんて、額面を見たってわからない。
大事なのは、通塾によって生徒の成績や姿勢が変わることだ。
それがあれば、値段なんてどうでもいいと感じる保護者さんは多い。
あるいは「安いからという理由で入塾させてみたら、子供が勉強するようになって成績が激変した」と、保護者さんの度肝を抜くことができれば、僕の自己満足は満たされる。
さて、今日から春期講習開始。
春休みもめっちゃ頑張って、次のテストで親御さんの度肝抜いてやろう!
やる気スイッチ
押しません。
段塚はやる気ス〇ッチを押しません。
うちのゼミではやる気があろうがなかろうが勉強をしていただく。
「勉強できない」はOK。できないから塾に来ているわけだ。
でも、「やる気すらない。先生スイッチ押して」っていうのは違う。
そういう子供たちの多くは、大人が毎日あくせくと働いているのを見て、
「大人って変なの。そんな働いてばっかりで楽しいのか?働くの好きなんだな」
くらいに思っていることでしょう。
んなわけあるかい!
大人だって体調が悪かったり、無理な残業をするはめになったり、大きなミスをして上司やお客さんに叱られたりして「あーもう会社いきたくない。ほんと、会社に隕石落ちて休みになんねーかな」とか思ってたりするけれど、やらなければならない仕事があるから、守るべき家族があるから、やってるだけだ。
勉強だって一緒だ。
勉強はつまらないから意味がある。
つまらないけれどやらなければいけないこと、それが勉強だ。
やる気なんて出るわけないんだよ、全然おもしろくないもん。
でもやるんだよ、必要だから。
やる気がないからやらない、嫌だからしないってのはあまりにも情けなさすぎる。
社会に出ても「やる気がでないから誰かがやる気を引き出してくれるまで仕事休むー」とか言うのかね。
そう話すと、「でも~、社会に出てから勉強したことが役に立つんですか?」っていう子もいるが、社会に出るまでに大いに役にたつんだよ。
学歴を持つために、資格を取るために。
なにより、勉強して脳を鍛えないと、実際に脳は委縮するんだよ。
思考力を失うのさ。
理解力のない人、思考力のない人、逃げる人。
そうなってしまったら、明るい未来はきっと来ない。
話をもどすけれど、段塚ゼミではやる気ス〇イッチを押しません。
でも、やる気のない生徒は大歓迎です。
やる気がないけれど、やれって言われたら仕方ないから頑張るよ……というキミ。
お前さんはうちのゼミ生になるべきだ。
面白くない勉強も、みんなで頑張ればやり遂げられるさ。