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失われつつある鳥取弁
7年ほど前から、私の中にじわじわと染み出してきた疑念が、近頃はっきりとした輪郭を持ち始めた。
間違いない、子供たちは鳥取弁を知らない。
きっと今の子供たちが意味を答えられないであろう鳥取弁シリーズ。
わったいな、よだきい、髪をつむ、タバコする、あっとろしい、いぬる、いかさま、きゃーりー、さばる、などなど
こういった言葉が通じなくてびっくりしてしまうことが度々ある。
「そげにさばったら、いかさまきゃーりーけえやめんさい。髪つまないけんけぇいぬるで」
(そんなに掴まったら流石にうざったいからやめなさい。髪を切らなければいけないから帰ろう)
なんて今の子が言われたらきょとんとしてしまうことだろう。
言葉というものは日々生まれては消えてゆくものなので仕方ないことだとは分かっているのだが、やはりさびしく感じてしまう。
核家族化が進み、祖父母と一緒に暮らした経験が少ない子供たちが増えているのが原因だろう。
無理に伝承する必要もないと思うのだが、一切伝承されないのはもったいなく感じてしまう。
将来、都会に出てしまった子供たちが帰ってきたとき、鳥取弁を聞くことによって故郷に戻ったのだとしみじみ感じることだろう。
あるいは、都会で同郷の友ができたとき、方言で語り合えばきっと楽しいに違いない。
などとセンチメンタルになりながらも「いやでも、東京の人からすればめちゃくちゃなまって聞こえているらしいし、まだ大丈夫だろう」などと思い直し、段塚は考えることをやめたのだった。
一番おどろいたのは、「服」のアクセントの位置。
鳥取弁では「ふ⤴く」なのだが、東京では床を「拭く」の発音になるそうな。