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ある少年の努力
数年ぶりだというのに、彼が来た瞬間に、私は要件を察していた。
「久しぶりだけど、君がここに来たということは、ついにやったか」
「はい、○○大学に合格しました」
彼はあまり自分のことをひけらかすのが好きではないので、具体的には書かないが、某難関国立大学に合格したと報告にきてくれたのだった。
第一志望の大学ではないそうだが、彼が進学するのは鳥取県全体でも10と数人しか合格者がいない上等な大学だった。
今思えば、この合格は奇跡のような、必然のような。
彼と初めて会ったのは彼が中3になったころだっただろうか。
最初はふらふらしていて、授業中に眠る彼をよく叱ったものだった。
当然、成績も良くない、というか悪い。
私と出会う前、進学塾の入会を断られたこともあったそうだ。
※おそらく、塾側は断ったというより、学力不足でついてこられない可能性を明示したということだと勝手に推測しているが。
そんな彼だったが、ずば抜けた才能が一つあった。
向上心だ。
自分が弱点だらけであることを自覚した上で、それを補おうと懸命に努力した。
使えるものはなんでも使う。
彼は当時、段塚に張り付いて、隙あらば質問をしまくっていた。
どんなに私が忙しかろうと、お構いなしに、容赦なく質問してくる。
そういえば私が雑務に追われてバタバタしているとき、「先生、今、質問いいですか」と彼に言われ「見たらわかるだろう、大忙しだわ!」なんて半ギレになったこともあったっけ。
塾講師としてこれは失格だけれど、日に5回以上は呼び止められるので、たまに「今は空気読んでくれ!」と思うことがあったのは事実(笑)。
こんなスレスレの暴露ができるのも、私と彼の間柄だからだ。
私が彼をずっと大切に思っていることは、彼には伝わっている。
また、彼も私を大切に思うから、わざわざ合格の報告にきてくれたのだ。
話がそれたが、彼の向上心は尋常ではなかった。
勉強することに目覚めた彼は、人の2倍は確実に勉強していた。いや、3倍か。
当時の私もその姿勢には畏怖すら覚えるほどに。
沢山勉強するから、沢山疑問が生まれ、沢山質問する。
彼は分からないことを絶対に放っておかなかった。
なにより、簡単には納得しないので、とことん根っこまで遡って質問に答え続けたのを覚えている。
「あのとき、先生と出会わなかったら、進学高校に受かってなかったし、大学進学自体が危うかったです」
なんて言っていたが、それは違うぞ。
君ほどの努力家であれば、どんな環境にいたとしても努力でひっくり返していただろう。
その合格は君と君を支えるご家族でもぎとったものだ。
強いて言えば、段塚は君の合格を少し早めることができたのかもしれない。それだけは誇りに思うよ。
いつも通り、話が長くなってしまった。
この記事を書いたのは、「ほら、段塚お手柄でしょ!段塚は良い講師だで!」なんてしょうもない販促のためではない。
何度も言うが、すごいのは彼自身だ。段塚はまだまだ未熟だ。
彼の努力を称えると同時に、多くの子供たちにその姿勢を少し見習ってほしかったから書いたのだ。
彼のように、何年間も休むことなく懸命に勉強しつづけるなんてことは、誰にでも真似できるものではない。
私は自称「努力の人」なのだが、それでも彼には努力の量が及ばないと断言できる。
けれど私も、彼ほどでないにしろ、努力を辞めなかったから今の自分があるのだと思っている。
37歳になった今だってそう。
自分の弱点をちゃんと理解して、直そうと努力しているよ。
いくつになっても、日々成長を志している。
ゼミ生たちも、まずは自分に足りないところを素直に認め、そのうえで少しずつでも改善する努力を怠らないように。
大きな目標を掲げるのであれば、それに見合った努力を。
塾に通っているから成績が上がるなんてことは絶対にない。少なくともうちの塾では「ない」と断言する。
真剣に勉強に向き合った生徒だけが伸びる。
そのための叱咤激励はするけどね。